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2020.09.09
インターネットアートと再接続する。エキソニモ「UN-DEAD-LINK」展レポート
TEXT BY ARINA TSUKADA,PHOTO BY ASATO SAKAMOTO
インターネットアートにおける日本の先駆者、エキソニモの24年を総括する展覧会「UN-DEAD-LINK」が東京都写真美術館で開催されている。副題は「インターネットアートへの再接続」。奇しくもCOVID-19によってリアル/デジタルの意味を考え直す契機となったいま、彼らの活動を振り返ることは多くの示唆に富んでいる。東京・恵比寿、そしてインターネット会場でも開催中の意欲的な展覧会をレポートする。
まるで蛇口をひねれば水が流れるごとく、私たちの生活インフラの一部となったインターネット。しかし歴史をたどれば、1980年代のインターネット黎明期を経て、1995年にインターネット接続機能が搭載された「Windows95」が発売され、ようやく個人がネットを使う時代の幕開けとなった。千房けん輔と赤岩やえのユニット・エキソニモが活動を開始したのはその翌年の1996年。以来、彼らはいち早くインターネットをアートの「素材」として着目し、ユーモアと鋭い批評的視点を交えた作品を世に送り続けてきた。
同時期にJodiや0100101110101101.orgなど、「net.art」という文脈に位置づけられるアーティストが登場。従来のアートの概念を切りひらくかのごとく、さまざまな実験に挑みはじめる。当時は、「現実世界と切り離された向こうの世界で体験する作品(赤岩やえ/エキソニモインタビューより)」が多かったという。けれど、その後誰もが知るインターネットの爆発的普及によってもの珍しさは薄れ、もはやネットは「向こうの世界」ではなく「現実世界」と入り交じるようになった。本展覧会では、エキソニモ作品の変遷を通じて、その変化を感じ取ることができるだろう。
会場内にはりめぐらされたコードは、それぞれエキソニモの作品を表象する「#Internet」「#Random」「#Boundary」「#Interface」「#Platform」のタグと結び付けられている。リアル空間で各作品のタグが示されているという仕掛けだ。
ウェブ版「福笑い」といえる《KAO》は、エキソニモがインターネットを用いた初めての作品。ウェブ上で顔のパーツを配置して送信すると、すでにサーバー上にあった顔と混ざりあい、それぞれの特徴を引き継いだ「子ども」の顔が生成される。ネット参加型のインタラクティブ作品は当時珍しく、各所でさまざまな反響を呼んだという。しかし単なる「参加型」を促しただけでなく、その背景には「ランダム性によって人間の持っている意識を壊すことがクリエイティヴだって考えていた」(千房)という思考が含まれている。
エキソニモの作品には、フィジカル/デジタルの境界の象徴となるようなデバイスがいくつか登場する。中でも「コード付きマウス」は、その代表的存在といえるだろう。文字通り「マウス」という小動物のような造形をもった物質は、同時に人の手の延長線としてコンピュータ画面に立ち現れる。《断末魔ウス》は、物質のマウスがミキサーにかけられたり、蛇口から水をかけられたり、はてまた車にひかれたりといった悲惨な目に合う。そのマウスを破壊する記録映像と、その時のデスクトップ上のカーソルの動きを記録した作品だ。「断末魔」の声なき声が、デジタルカーソルの亡霊となってゆらめいていく。
マウスが手の延長であると考えられるならば、手と手を合わせれば「祈り」のポーズになる。《Spiritual Computing Series - 祈》は、重ねられた光学式マウスの発する光が相互に干渉し合うことで、デスクトップ上でカーソルが勝手に動き始める作品だ。まるでコンピュータがかすかな吐息を発しているようで、妙な生命性が立ち現れる。この「Spiritual Computing」シリーズは、ほかにも「神」や「ゴット」といったワードをGoogle上で検索し続ける《ゴッドは、存在する》(2009)など、デジタル空間に存在する「ゴッド」を浮かび上がらせる作品もある。
会場内にはほかにも多くの作品が展示されているが、その多くは笑いとアイロニーが込められている。マシンやデジタルの滑稽な様子を眺め見ているうちに、その奥にある私たち人間社会のありようが浮かび上がる。リアルとオンラインの境界はどこにあるのか、私たちの身体は何を「見て」いるのかを語りかけてくるのだ。
そして2020年に制作された新作はまた様相が異なる。新型コロナウイルス以降、特に深刻な感染者数と死者数を記録したニューヨーク州で暮らすエキソニモにとって、その景色はどう映ったのだろうか。
「領域(Realm)」と題されたこの作品は、ニューヨーク州のロックダウンの中から生まれたものだ。家族以外の誰ともリアルで接続できなくなった日々の中で、彼らは毎日近所の墓地を散歩していたという。会場内のスクリーンには、誰もいない墓地の写真が投影され続けている。隣に設置されたQRコードでスマホからネット版にアクセスすると、同じような写真群が映るが、画面下には「You can’t touch there from your desktop/mobile(そこからふれることはできない)」と表示される。スマホをタッチすると指紋がべたべたと張り付き、会場内のスクリーンにもデジタル上の指紋がむなしく重なっていく。そこでは、他人との「接触」がはばかられるいま、どれだけネットを介してつながっているように見えても、物理的には誰も立ち入りできない領域があることが思い起こされる。
冒頭でも述べたように、本展覧会はインターネット上でも展開中だ。エキソニモの作品に関連した世の中の出来事や、インターネット史を紹介する900トピックにおよぶ年表、エキソニモの1996年以降既発表の作品データがまとめられた作品紹介では、各作ページにそれぞれ動画記録や記録写真付きで、エキソニモ本人による解説テキストが掲載されている。
近年、デバイスやネットサーバーの関係で保存が非常に難しいネットアートやメディアアート作品をアーカイブする動きが各所で見られている。NYのRhizomeが運営する1980〜2010年代のネットアートのヒストリーをまとめた「NET ART ANTHOLOGY」はその代表例といえるが、この「UN-DEAD-LINK」インターネット会場は、エキソニモ編集による重要なインターネット・ヒストリーともいえるだろう。
会期は10月11日まで、ネット会場、恵比寿会場ともにお見逃しなく。
INFORMATION
エキソニモ「UN-DEAD-LINK」展
会場:東京都写真美術館
〒153-0062 東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
開催期間:2020年8月18日(火)~10月11日(日)
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は開館し、翌平日休館)
CREDIT
- TEXT BY ARINA TSUKADA
- 「Bound Baw」編集長、キュレーター。一般社団法人Whole Universe代表理事。2010年、サイエンスと異分野をつなぐプロジェクト「SYNAPSE」を若手研究者と共に始動。12年より、東京エレクトロン「solaé art gallery project」のアートキュレーターを務める。16年より、JST/RISTEX「人と情報のエコシステム」のメディア戦略を担当。近著に『ART SCIENCE is. アートサイエンスが導く世界の変容』(ビー・エヌ・エヌ新社)、共著に『情報環世界 - 身体とAIの間であそぶガイドブック』(NTT出版)がある。大阪芸術大学アートサイエンス学科非常勤講師。 http://arinatsukada.tumblr.com/
- PHOTO BY ASATO SAKAMOTO
- プロデューサー、クリエイティブディレクター、撮影監督。2006年、大阪にてセレクトショップを開業後、シルクスクリーンスタジオを併設。同年デザインオフィス CUE inc.を創設し、手塚治虫からスタンリー・キューブリック、釣りキチ三平まで、音楽、映画、マンガ、アニメなど幅広い商品開発を手掛ける。2013年、写真・映像制作に特化したMEDIUM inc.を設立。ダレン・エマーソン、トレヴァー・ホーンなどの音楽家や電子楽器メーカーRolandのドキュメンタリー映像制作を手がける。現在、デンマーク発のアートマガジン「PLEHORA MAGAZINE」の日本エージェント「REC TOKYO」のクリエイティブディレクターを務め、ヨーロッパを中心にさまざまなアーティストの企画展を展開する。 https://the-lightsource.com/